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hanihostamp penguinblog

のほほん、ペンギンライフ。

熊の暮らし。(2)

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以前、熊の暮らしという題で、脳梗塞(大動脈瘤の手術)以降性格が変わり、感情が少なくいつもぼんやりしていて、食べる様子や寝姿、テレビを観る姿が着ぐるみの熊のように「ゆるキャラ化」した父のことを書きました。

コミュニケーションが取りづらくなったとか、喜怒哀楽が希薄に…というような話も書いたのですが、その後、感情が復活&安定してきて、例えば阪神タイガースの試合を熱心に観るようになり、打線がふるわないと怒り、ピッチャーが打たれては怒り、逆転したら拍手をし、3点以上勝っていれば無言になり、一点差に詰め寄られると憤慨、というような、かつての姿に少し近づいて来たのです。

認知症などを含め、脳の疾患は改善が難しいと思っていたのですが、脳の可能性って、もしかしたらまだまだ未知の部分が多いのかも。

阪神戦を心待ちにして感情豊かに観戦する(阪神の試合が放映されない日は、巨人の試合を見て、巨人の対戦相手を応援しながら、途中の他球場リポートを待つ程の熱心さで)父を見ていると、劇的に良くなることもあるんだなと。いや、阪神に対しての愛が戻るということは、同時に阪神の選手をボロカスにこき下ろすことでもあるので、人間性としてそれが良いかどうかはまた別問題なんでしょうが…

いずれにしても、感情が豊かになるということは、アンテナがあちこちに張り巡らされて活発になるということなのかもしれません。

 

この半年ほど、熊と化した父は巻き爪の治療でバスで30分程の駅前の皮膚科へひとりで通っている。

その行き帰りに、「つけ麺」の看板を見つけて興味を持ったらしい。

しかし最初に見つけたときは余分なお金を持っていなかった。

次に見かけた時には、「定休日」もしくは「準備中」で閉まっていた。

巻き爪の治療は月に1〜2度。

次に皮膚科へ出かけた時には、炎天下で大変な行列だったので諦めた。

その次に出かけた時、今日こそはと思っていたが、その日文具店でスティック糊を買い、思いがけず糊が高かった。その時点で財布の残金は1,000円を切った。

その日もつけ麺の店前には行列ができており、熊も一応並んだが、その店にはメニューや料金表などが一切出ていない。店から出て来た若い男性に思い切って声をかけてみた。

「ここのラーメン、おいくらですか」

すると男性は答えた。「まぁ、850円あれば足りるんじゃないッスかね」

熊はそこで不安になった。財布には900円はあったが、頼み方によって、もし足りなくなったら恥をかく。それは嫌だと思った。

その日は諦め、翌月の通院時に望みをかけることにした。

 

ーという話を夏に聞き、熊の、数ヶ月に及ぶ「つけ麺への挑戦」に驚いた。

「なんで、そんなにそこのつけ麺が食べたいの?」わたしが尋ねると、

「いつも行列が出来ているから、どれだけおいしいのかと思って。そしてメニューが出ていないから、どんなもんかと思って。たぶん、頑固な職人気質の店主に違いない」

ほほぉ〜、すごい。週に二回、デイケアでリハビリを受けている父が…

 たった一人で若者に交じって行列する覚悟でつけ麺を目指し、何度もチャレンジしていたなんて。

 

それから半月以上経ち、「その後、つけ麺は食べた?」と聞いてみると、「こないだは、あまりにも行列がすごかったから諦めた」との返事。

メニューなどは一切ないが、店先には傘が何本か置いてあり、客は傘を差して日射しを避けて待っているらしい。

わたしなら、そんな行列面倒くさいが、しかし、いつの日か熊がつけ麺チャレンジを成功させることを祈っているのです。

 

この連休中、家族の中で怪我人が出た(救急車を呼ぶ程のことではないが、放置しておくと数日で悪化する心配があった)ため、タクシーを呼んで救急外来へ向かうことになり、阪神の試合を見ている熊の背中に、「これから病院へ行って来るから、留守番よろしく」と告げると、振り向いて「心配やね。悪かったら大変だ…」としょんぼりした顔をした次の瞬間、画面に向き返り「阪神はアカン。優勝出来んわこれでは」と言い出した。

「お・と・う・さん。これから病院行くから、夕食そこにあるから忘れないでね」

「ああ、心配やなぁ。大事に至らなければよいけれど…」というセリフの数秒後に、

「バンバンの『いちご白書をもう一度』は、スナックのママさんが一番声に合ってると褒めてくれた」と。

その脳…一体どうなってるんでしょうか。

列車の線路の切り替えポイントみたいなもんでしょうか。お〜い、今の話どこ行ったんや〜、と、吉本新喜劇ばりにずっこけそうになってしまう。

姉はそんな熊の言動を面白がり、口元を抑えながら笑うのです。すでに、ファンレベル。

 

その熊氏。なぜか夏の間、ピンクや水色のおしゃれなTシャツを着ていたり、ポールスチュアートの洒落た柄のシャツを着てデイケアに出かけたりしていた。年齢と風貌に似合わない高価そうなそれらは全部、たぶんいただきものなんだろうけれど、ピンクのTシャツの時にはゆるキャラ度が倍増して直視出来ない。

 

今、身内に重病の患者がいて、その治療のことで色々と手を取られている間に、熊のことがどうしてもほったらかしになってしまうのですが、その間熊さんは自立して自分の世界を豊かにしていたということか。

「つけ麺」やら「ファッション」やら「歌手のクリスハートさん」やら「いちご白書」やら、色々と。

いずれにしても、「のほほん」気分をおすそ分けしてもらえて、苛立つ時や落ち込んだ時にこそ、熊と「トンチンカンな、どこまでも噛み合ない肩すかしの会話をしたい」と思うのであります。

姉もですが、わたしも、もはや父としてではなく、熊さんを我らのアイドルだと思っています。それは蛭子能収さんを楽しむ、というような意味で、ですが。

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