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hanihostamp penguinblog

のほほん、ペンギンライフ。

良いお医者さんの話。(1)

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近ごろ、通っている歯科医院を変えようか迷っている、または、別の歯医者さんを探している、という話をわりとよく耳にします。

理由はいくつかあって、まず予約が取りづらい(ひと月先まで埋まっているとか)か、仕事の都合で予約のキャンセルが続いたときに、チクリと嫌味を言われた(そう聞こえた)ことで、徐々に足が遠のいてしまったというケース。

そして、治療して歯はよくなっていて、歯科衛生士の方からも「きれいになっています」と褒められるのに、「では、また一ヶ月後に」と医師から次の予約を入れるよう促され、もやっとした不信感を抱く場合や、ある人は、この何年も「では、次は三ヶ月後に」と、いつも3ヶ月空けて予約を入れるように言われるので、「もしかして初診料が発生するように、なのか?」と疑念がわいてしまう…というもの。

わたしの場合も、昨年大掛かりな治療をしたのですが、その時も、「レントゲンにははっきり写ってはいないので、ぜひにとは言えませんが、このまま放置して、ある時仕事に重大な支障をきたすほどの痛みが起ってもいけませんし、もう何年も、頭痛や肩こりと連動してシクシクとその奥歯が痛むのも結構なストレスでしょうし、一度思い切ってじっくり治してみてはどうでしょうか」と、何度か勧められて、決意してのことでした。

それが…治療が9割終了して、あとは被せるセラミックを選ぶ、という時点になって、どうも「シクシク」が一層激しくなっており、医師に伝えたところ…「ああ、治療で神経を触ったからかもしれませんね」とクールに仰って、「治療はちゃんと行いましたから、大丈夫です」と、それでその話は打ち切られ、保険適用外の、本物にそっくりなセラミックの被せもののカタログのようなものを見せられて、価格と内容の説明がはじまりまして。

その後も、やはり以前と同じように頭痛と連動して、治療を終えた奥歯が相変わらずシクシクと軽く疼くのです。

振り返ってみますと、

虫歯かどうか開けてみないと分からない→時々シクシク痛むストレスと、いつか劇的に悪くなるかもしれない爆弾を抱えて暮らすようなものだから放置も怖い→開けた結果、確かに治療は必要な状態だった→治療は終わったが神経の付近を触ったから神経痛が残る…

この一連の流れには時間とお金がかかったので、シクシクが出て来るたびに、なんとも複雑で不安な気分になります。

だから、偶然なのか、最近会ったひと4人が歯医者さん問題でモヤッと中だと知り、ああ、自分だけじゃなかった…と思いました。

 

いいお医者さんといえば、以前住んでいた町の、皮膚科の先生は好きでした。

ぶっきらぼうな女医さんでしたが、ある時、左眉の目頭寄りの位置に大きな吹き出物が出来て翌日に赤く腫れたので、ニキビ的なものかと思い、休日だったから市販薬をつけてみたものの治らないので、平日を待って近所の皮膚科(2時間待ちが常)へ行くと、先生はわたしの顔、左耳から左の首筋などをじっくり診て、「これは帯状疱疹だと思うから、すぐに治療した方がよいけれど、場合によって入院して点滴しながら休んだ方がいいこともあるし、すぐ紹介状書くから市民病院へ行ってください」と仰って。「明日でもいいけれど、治療が遅れると神経痛が残ったりするし、眼に近いから心配だし、女性だから顔に痕が残ってもいけないから、今日これからタクシーででも向かった方がいいです」と。

で、紹介状を持って市民病院へ行くと、そこの医師は、わたしの顔の出来物を診て軽く2、3質問をして、「さぁ、どうでしょう。帯状疱疹かどうかはまだこの時点では判断できないから、一応細菌感染用の薬と両方出しておきます。で、数日したらまた来て下さい」とだけ、パソコンに目を向けたままおっしゃいまして。医師はその時、看護士さんを通じて別の患者さんからのクレームにどう対応するかの話をしている、いわゆる「取り込み中」だったらしく、むしろ看護士さんがわたしを気の毒そうに見て、むき出しの患部にガーゼをあててテープでとめて下さったんですが…

近所の皮膚科の先生があれほど心配してくれたのとあまりに対照的だったので、呆気にとられました。入院施設がある総合病院によかれと思って紹介して下さったんでしょうが、わたしとしたら、そのまま近所の病院の好きな先生に処方箋を出してもらった方が、病気にも精神衛生上もよかったなぁ、と。

 

持病で何年もお世話になっているクリニックの先生も、わたしとしては心を開ける存在です。

3ヶ月おきに通院していて、引っ越してからも、次の病院が見つかるまでは新幹線で通うと決めているんですが、先日、引っ越してからはじめて新幹線で病院へ向かう時、その数日前から痛みがひどくて、もう、随分悪いんじゃないかと不安になっていたのです。

しかし、クリニックへ行く前日、友人と会って散歩したり、美術展を見たり、また別の町へ移動したり、とかなりの距離を歩いていると、その晩から痛みがぴたっと収まったので、翌日先生に、「実はずっと痛みがひどくて、小さい湯たんぽを患部にあてて仕事したりしていたけれど、昨日長距離を歩いたら、痛みがなくなりまして」と伝えたら、先生は、「ああ、歩いて痛みがひどくなるなら心配ですが、歩いて、血流がよくなって楽になったのなら安心ですね。これからも身体を動かしてくださいね」と。

痛みがあまりにもひどい場合は、薬を替えてみるのも手ですが、それで改善されるかどうかは、必ずしも言えないんですよね…手術も、今の段階ではする必要ないですしねぇ、どうしましょうね、楽に過ごせるには…

などと、後にも待っている患者さんがいるにも関わらず、先生はパソコンに症状を打ち込む手を一旦止めて、世間話のようにこちらの気持ちに寄り添うような言葉をかけてくださり、先生個人の体験や医師としての経験などもチラホラ、余談として披露されたり。結局のところ、解決法はない、と。でも大きくはなっていないから、悪くはなっていないですよ、と。痛みはつらいですが、できるだけ和らげる方法を見つけたいですよねぇ、と。

医師の見解というより、なぐさめやねぎらいの言葉のようでもあるのでしょうが、そういう言葉があると、痛み=深刻な事態、という不安を持たなくてもいいというか。

よい先生とはどんな人物か。

そんなことを考えるようになったのは、先日、『JIN-仁』(村上もとか 作)の文庫版を全巻買って読んだから、というのもあります。

数年前にやっていたドラマはあまり見ていなかった(唯一、病院の階段の踊り場で患者を追いかけてもみ合っている最中に、その相手が、もうひとりの自分?かと驚くシーンを見ただけでした。そこは作品にとって最重要シーンだったわけですが)ので、話としても未知なまま初めて読んで、現代から幕末の江戸へタイムスリップした南方医師が、感染症や癌、様々な疾患で苦しむ当時の人々を救おうと奮闘する様子に、ああ、なるほど、ほぉ、おおっ、と色々なエピソードを読みながら、「病」と「医療」または「医師」について思いめぐらす機会となりました。当時の実在の人物が生き生きとした姿で登場するなかで、前に吉村昭さんの小説『暁の旅人』で読んだ松本良順が登場したり、幕末に海を渡った芸人たちの足取りを資(史)料や証言からひも解いた『明治のサーカス芸人はなぜロシアに消えたのか』(大島幹雄 著)を読んだ後だったので、作中に登場し、後に海を渡る芸人一座にも親しみがわき、ちょうど今、わたしの身近な人が苦しんでいる「手根管症候群」も登場するので、病気の勉強にもなったりして。それからしばらく、人との会話の中ではつい、『今読んでいるJINでは〜』が口癖になってしまいました。

あ、冒頭のイラストは、松本良順医師が滋養にすぐれ、病人によいと奨励した牛乳のことを思い出し、とはいえ個人的には最近、豆乳を飲むようにしているので、そんな関係から。

この話のつづきは、またそのうち。

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