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hanihostamp penguinblog

のほほん、ペンギンライフ。

それはジコマン?

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 人気ブランドのタオルで作ったペットボトル入れ。正面に配置されたワンポイント柄のそばに、ミシンで刺繍された「SATOMI」の文字が…(名前は仮名です)。

見慣れぬものを持っている知人のサトミさんに、「そのカワイイのは何?」と尋ねたところ、

「事務所社長の奥さんが、スタッフ全員に配ってくれたもの」とのこと。

「へぇ、家族的というか、あったかい職場なんだねぇ」と感心しているわたしに、

「う〜ん…あったかい。いや、いい人たちではあるんだけど。どういうのかなぁ」と、複雑な表情の彼女。

その数週間前、事務所二階でガサゴソ音がするので「何か手伝いましょうか〜」と一階から声をかけると、「いえいえ、何でもないのよっ、気にしないでっ」との社長の奥さんの焦るような返事。サトミさんは首を傾げつつ仕事を続行していると、しばらくして「ちょっとお二階へ来て下さいな」と呼ばれ、階段を上がると…

パンパカパーン!

華やかに飾り付けをされた室内で、「お誕生日、おめでとうございま〜す」と、社長夫妻や事務所スタッフから盛大にお祝いされたそうで。

「へぇ、それはよかったねぇ。心あたたまる話や…」と目を細めるわたしに、

「いやぁ…ありがたいけど、そこまでしてもらわなくても」と珍味を口にしたような顔のサトミさん。

飾り付けよりもささやかなプレゼントよりも…彼女が何よりも望むのは、「土日は休み」という当初からのシフト希望(というより、仕事を引き受ける条件だった)を、人手不足でと泣きつかれたまま、なし崩し的に出勤せざるを得ないでいる状況を、どうにかしてもらうこと、だそうで。

他のスタッフさんも、同じようにお祝いされたり、ネーム刺繍入りペットボトル入れをもらって、「お金をかけてわざわざそういうのを用意してくれるぐらいなら、更衣室に暖房の一つでも入れてくれた方がいいのに。この職場の寒さにふるえて体調を崩しそうになっていることに気づいて欲しいのに」と思っているそうで。

 

社長の奥さんは、人手不足で仕事量が増えて苦しむスタッフたちに、どうか辞めて欲しくない、という思いをこめて、ささやかな贈り物やら誕生会、お茶会などをセッティングしておられるようなのですが、どうやらそれは…自己満足だと受け取られているわけで。切ないなぁ…

 

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 以前、知り合いの方の訃報を受けて、遠方なので関係者3人の連名で弔電を打つことにしたときのこと。

せっかく送るのなら、定型文に何か自分たちならではの故人との思い出や、その方の姿を思い出しつつ見送れるようなメッセージにしたいと思って、わたしが代表でNTT115に電話して、自作のコメントを読み上げたのです。そして、係の方とのやり取りで調整しつつ、文章が出来上がり、さらに電報だけが届くより、お線香を一緒に送った方がより気持ちが伝わるだろうと思って、線香付きプランにすると…

文字代+お線香代、毛筆縦書きタイプ等で、合計8,000円超に。

電報って…高いんだなぁ。

とは思いつつ、しかし、手作りの文章を考えたことから、その方のことをしみじみ思い出しつつ日々を過ごすことができたのでした。

その後、葬儀に参列した人に会ったので、定型文の弔電が多い中、わたしの力作電報はどのように会場の皆さんに、あるいは親族のかたに聞いてもらったのかな〜と、探りをいれてみると…

「いやぁ、文章は読まれていなかった。連名で、3人の名前が読まれただけ。文面まで読まれていたのは、市議会議員とか、なんとか協会理事、とかいうような人のばかりだった」とのお返事。

…まぁね。弔電というのは、遺族の方に目にしてもらえたらそれでよいわけで、何も会場で披露されるのが目的ではないのだから…でも、確か読み上げる弔電は、ご当家の喪主さんが選ぶようになっていたから、わたしのは落選したわけだ…定型文の、心のこもっているかどうか分からないような名のある人の弔電に負けたわけか。と、不謹慎ながら、でも、時間とお金と感情を込めたせいか、妙に落ち込んだりしたものでした。今年の出来事であります。

 

ということからも、自分も「ジコマン」の押し売りは経験済みなのでした。

 

事務所社長夫妻からの贈り物やサプライズに戸惑いつつ、サトミさんや同僚さんたちは、「こんな仕事の状況では体がもたないし、そのうち辞めないと…」とは言いながらも、その一方で「でもまぁ、そうは言ってもねぇ」という感情が波のように行ったり来たり、なのだそうです。

相手を思ってなにかをして、でもそれがズレていて、自分の望むようには相手に届かないとしても、自己満足でも、それでも、きっと何かしらの、ほのかな人間っぽさ、愛嬌のようなものはそこに存在すると信じたいものです。

 

 

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